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“青年”(バリトン)=なぜ“オルフェ”?〔その2〕 [登場人物]

そもそもなぜ「オルフェ」なのか?
その後いくつかのことを知りました。

1959(秋):
作曲家が台本の第一稿を手にしたときのタイトルが『青年のオルフェ』だった

1960:
ラジオ初演の際に『暗い鏡』というタイトルとなる。
「当時、大江さんの作品は〈青年〉をテーマにしたものが多かったのでNHKの提案の『暗い鏡』には、原作者としてかなり不満を表明されていたように思う。」
(芥川也寸志「〈暗い鏡〉と〈ヒロシマのオルフェ〉」より~1994上演時のプログラム所収)

1967:
ザルツブルク・オペラ賞応募に際し、「外国人にも分かるように」(“芥川也寸志 その芸術と行動”東京新聞出版局 より)という、NHKプロデューサー三善清達氏の提案で『ヒロシマのオルフェ』となる(1967)。

さて、少なくとも現在の台本の本文中には、「オルフェ」という単語は一度も登場しません。
また三善氏は、「芥川さんは後々、やっぱり『暗い鏡』がなつかしい気もする、と言われることがあった」(前掲書“その芸術と行動”より)と振り返っておられます。

〔以下、その3 につづく〕
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