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20世紀のオペラとしての『ヒロシマのオルフェ』(その1) [作品]

『ヒロシマのオルフェ』の音楽は、明らかに、芥川作品のなかで極めて独自の個性を持っていると思います。
伊福部門下、あるいはストラヴィンスキー、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチらロシア(ソヴィエト)の音楽の影響、という一般的な文脈だけでは、『オルフェ』は到底語れそうにありません。

『オルフェ』は、
1.まごうことなき芥川音楽であり
同時に、
2.極めて多彩な20世紀のオペラの音楽に対する、日本の若き作曲家・芥川によるオマージュでもある。

この2つの要素が統合され凝縮され、しかも大江健三郎の台本を得て、日本語の台詞とオーケストラが稀にみる緊密さで結びついている。ここに、『オルフェ』の比類ない魅力があるのだと思います。

言葉が内包する力学に対して、芥川也寸志は極めて鋭敏です。
さらに、オペラにつきものの「音楽と言葉」という相克への強い問題意識。
西洋音楽の粋たるオペラという舞台芸術伝統に対する、周到な姿勢。
芥川が『オルフェ』を作曲するということは、まさに心身のすべてを投じた死闘であったに違いありません。

たとえば「光の子供たち」(第三場)で一瞬、ブリテンの歌劇『ピーター・グライムス』のワンシーンを思わせる、ひんやりと透き通って輝く響きが横切る、その鮮烈さといったら。
あるいは、最小限の音で描かれる、救いようのない暗い響きは、ベルクの歌劇『ヴォツェック』を連想させます。ドビュッシーの歌劇『ペレアスとメリザンド』を連想することもあります。

中でも、バルトークの『青ひげ公の城』については、以前から特に気になっています。
一度、『オルフェ』と『青ひげ』を並べてみましょう。

〔その2 に続く〕

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“青年”(バリトン)=なぜ“オルフェ”?〔その4〕 [登場人物]

〔その3 からつづく〕

そもそも、オペラの世界で「オルフェ」は特別な素材という印象があります。
まず、いまも内外で上演される数々のオペラの中で最も古い時代の作品として、モンテヴェルディの『オルフェオ』(1607)があります(モンテヴェルディより前に、ペーリという作曲家もオルフェにもとづくオペラを書いていたそうです)。

その後も、よく知られているだけでもグルック『オルフェオとエウリディーチェ』(1762)とオッフェンバック『天国と地獄』(1858、運動会につきもののあの曲が出てくるオペラ)があります。当然ながら三善清達氏の「オルフェ」についての論考のなかにも、さらに示唆的な記述が多々あり、「日本人によるオペラ上演第1号もグルックの『オルフォイス』だ。」というのもまさに的を射た指摘です。

オペラ史における「オルフェ」の400年にわたる系譜に、20世紀の大江&芥川『ヒロシマのオルフェ』を位置付け、もっと深く色々な角度から追求したら…はたしてなにが見えてくるのでしょうか。思索はとめどなく拡がります。

結局、「オルフェ」の由来は、一番最初に原作者によって与えられたタイトルにあった。そのことが分かっただけで十分なのかもしれません。
『ヒロシマのオルフェ』というタイトルと、実際には一度も「オルフェ」という単語が登場しない、舞台で歌われる歌詞。その間にある距離の意味合いを読み取ることも、この作品を演奏し、あるいは聴き継いでいく私たち1人1人に委ねられているのだと感じます。

〔この項ひとまず-完-〕

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“青年”(バリトン)=なぜ“オルフェ”?〔その3〕 [登場人物]

〔その2 からつづく〕

ギリシャ神話では、死の国に行ってしまうのは妻。オルペリス(オルフェ)自身は彼女を連れ戻しに行く立場であって、あくまで“生”に属する存在です。

『ヒロシマのオルフェ』で「青年」の恋人となる娘の正体は、死の国から派遣されてきた「死の娘」。彼女はたしかに“死”に属する存在です。

いっぽう「青年」は、第四場の終わりになって銃殺されますが、続く第五場で「死の娘」は、彼を死の国に連れてゆくという彼女の務めを翻す決心をします。暗黒世界の合唱団に「裏切り者!」となじられながらも、彼女は自身が属する暗黒世界の掟を破り「この人を現実世界に残して帰るの」と言い放ちます。

この彼女のはからいにより、第六場になると「青年」はまだ現実世界に生きています。そして彼は、“人間の勇気につながる”、“未来にかけて意味がある”行為として、手術台に横たわることを選ぶのです。
その手術が成功するのか(または手術を装って再度死の国の手に落ちるのか)、その結末は…台本も音楽も最後まで明示せずに、全曲の幕が降ります。

〔その4 につづく〕

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“青年”(バリトン)=なぜ“オルフェ”?〔その2〕 [登場人物]

そもそもなぜ「オルフェ」なのか?
その後いくつかのことを知りました。

1959(秋):
作曲家が台本の第一稿を手にしたときのタイトル『青年のオルフェ』だった

1960:
ラジオ初演の際に『暗い鏡』というタイトルとなる。
「当時、大江さんの作品は〈青年〉をテーマにしたものが多かったのでNHKの提案の『暗い鏡』には、原作者としてかなり不満を表明されていたように思う。」
(芥川也寸志「〈暗い鏡〉と〈ヒロシマのオルフェ〉」より~1994上演時のプログラム所収)

1967:
ザルツブルク・オペラ賞応募に際し、「外国人にも分かるように」(“芥川也寸志 その芸術と行動”東京新聞出版局 より)という、NHKプロデューサー三善清達氏の提案で『ヒロシマのオルフェ』となる(1967)。

さて、少なくとも現在の台本の本文中には、「オルフェ」という単語は一度も登場しません。
また三善氏は、「芥川さんは後々、やっぱり『暗い鏡』がなつかしい気もする、と言われることがあった」(前掲書“その芸術と行動”より)と振り返っておられます。

〔以下、その3 につづく〕
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