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20世紀のオペラとしての『ヒロシマのオルフェ』(その3) [登場人物]

芥川の『オルフェ』に、とても縁遠そうなワーグナーの『ニーベルングの指環』。
それでも、すべての20世紀のオペラは、19世紀のワーグナーの一連のオペラと無関係ではありえません。
死の娘という登場人物をキーとして着目するとき、ワーグナーの『ワルキューレ』と共通項があるように感じられてくるのが不思議です。

具体的には、死の娘とブリュンヒルデの類似性。

本来の任務:

死の娘~死の国からの使いとして、死すべき若者を見出し、「幾千年も前から決まっていた真実の恋人」として誘惑するのが任務。若者が娘に心からの愛を告白した時点で、死は決定的となり、願いごとをひとつかなえた後で死の国からの迎えがきて若者は銃殺され、死の国の車に乗せられて運ばれる。

ブリュンヒルデ~天上の神々からの使いとして、戦で死すべき運命にある英雄を選びだし、「死の告知」を行う任務。さらに、戦場で命尽きた英雄の亡骸を天馬に乗せて天上に運び、神々の城ワルハラの守備にあたらせる。


自らの任務に対する裏切り:

死の娘~死の国からの使いが来ると知ってなお、未来を信じて銃弾を受ける青年の、死ぬ前の眼を見て、第5場で「わたしたちは、この人を連れてゆかないことにするのよ」と言い放ち、さらに「罰を受けるのは私よ」と自らの責において死の国の掟に背く。

ブリュンヒルデ~栄誉あるワルハラ守備に迎えることを告げても、誘いを断り愛する妻を守り抜こうとする英雄ジークムントの姿に心を打たれ、神々の長・ヴォータンの指示にそむく決意をする。戦の現場でジークムントに加担し、その罪によって自らの神性を奪われ魔の眠りに封じ込まれるという罰を受ける。

ブリュンヒルデは、結局ジークムントを守りきれず、英雄は命を落としますが、妻の胎内の息子を守ることには成功します。
死の娘は、青年を死の国の銃撃から守ることはできませんが、第5場で死の国へ運搬されることを阻み、その結果として青年は第6場で現実世界に一度生還します。そして、幕切れの手術の場面では娘は青年に「いのちに向かってよ!」と叫びます。彼女の最後の歌詞は「死んじゃだめ!」です。
彼の顔の手術が成功するのか、それともその手術は彼を殺すためなのか、それは明らかにならないまま幕が下りるのです。

第7場、いよいよ手術の前。看護婦(実は死の娘)が青年に薔薇をあげる、短い美しい場面で、「子供たちが見舞に来てくれた薔薇をあなたにも」と歌う娘の対旋律で絡むチェロのメロディ。
「ほんの短い間だけ不幸でな」かったときのことが回想されます。
ピットで愛を歌うチェロ、といえばやはり『ワルキューレ』第1幕の主人公二人の出会いの場面が連想されてなりません。

さかのぼって第2場で、青年のあまりにまっすぐな愛の言葉に、娘が「だれでもいいわ、若い女を、それでも裸で抱きしめると、光や風や真昼のすべてが、おとずれるのよ」と返すとき、そのなかには、隠された投げやりな諦めがあります。

しかし、この「だれでも」に当てられた1オクターブの音の跳躍に、初めて彼女の心が仕事(任務)を離れて青年を愛し始めている、その高揚が表われているようにも感じられます。全曲を通しても特に美しく印象深い歌だと思います。

〔この項、完〕
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“青年”(バリトン)=なぜ“オルフェ”?〔その4〕 [登場人物]

〔その3 からつづく〕

そもそも、オペラの世界で「オルフェ」は特別な素材という印象があります。
まず、いまも内外で上演される数々のオペラの中で最も古い時代の作品として、モンテヴェルディの『オルフェオ』(1607)があります(モンテヴェルディより前に、ペーリという作曲家もオルフェにもとづくオペラを書いていたそうです)。

その後も、よく知られているだけでもグルック『オルフェオとエウリディーチェ』(1762)とオッフェンバック『天国と地獄』(1858、運動会につきもののあの曲が出てくるオペラ)があります。当然ながら三善清達氏の「オルフェ」についての論考のなかにも、さらに示唆的な記述が多々あり、「日本人によるオペラ上演第1号もグルックの『オルフォイス』だ。」というのもまさに的を射た指摘です。

オペラ史における「オルフェ」の400年にわたる系譜に、20世紀の大江&芥川『ヒロシマのオルフェ』を位置付け、もっと深く色々な角度から追求したら…はたしてなにが見えてくるのでしょうか。思索はとめどなく拡がります。

結局、「オルフェ」の由来は、一番最初に原作者によって与えられたタイトルにあった。そのことが分かっただけで十分なのかもしれません。
『ヒロシマのオルフェ』というタイトルと、実際には一度も「オルフェ」という単語が登場しない、舞台で歌われる歌詞。その間にある距離の意味合いを読み取ることも、この作品を演奏し、あるいは聴き継いでいく私たち1人1人に委ねられているのだと感じます。

〔この項ひとまず-完-〕

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“青年”(バリトン)=なぜ“オルフェ”?〔その3〕 [登場人物]

〔その2 からつづく〕

ギリシャ神話では、死の国に行ってしまうのは妻。オルペリス(オルフェ)自身は彼女を連れ戻しに行く立場であって、あくまで“生”に属する存在です。

『ヒロシマのオルフェ』で「青年」の恋人となる娘の正体は、死の国から派遣されてきた「死の娘」。彼女はたしかに“死”に属する存在です。

いっぽう「青年」は、第四場の終わりになって銃殺されますが、続く第五場で「死の娘」は、彼を死の国に連れてゆくという彼女の務めを翻す決心をします。暗黒世界の合唱団に「裏切り者!」となじられながらも、彼女は自身が属する暗黒世界の掟を破り「この人を現実世界に残して帰るの」と言い放ちます。

この彼女のはからいにより、第六場になると「青年」はまだ現実世界に生きています。そして彼は、“人間の勇気につながる”、“未来にかけて意味がある”行為として、手術台に横たわることを選ぶのです。
その手術が成功するのか(または手術を装って再度死の国の手に落ちるのか)、その結末は…台本も音楽も最後まで明示せずに、全曲の幕が降ります。

〔その4 につづく〕

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“青年”(バリトン)=なぜ“オルフェ”?〔その2〕 [登場人物]

そもそもなぜ「オルフェ」なのか?
その後いくつかのことを知りました。

1959(秋):
作曲家が台本の第一稿を手にしたときのタイトル『青年のオルフェ』だった

1960:
ラジオ初演の際に『暗い鏡』というタイトルとなる。
「当時、大江さんの作品は〈青年〉をテーマにしたものが多かったのでNHKの提案の『暗い鏡』には、原作者としてかなり不満を表明されていたように思う。」
(芥川也寸志「〈暗い鏡〉と〈ヒロシマのオルフェ〉」より~1994上演時のプログラム所収)

1967:
ザルツブルク・オペラ賞応募に際し、「外国人にも分かるように」(“芥川也寸志 その芸術と行動”東京新聞出版局 より)という、NHKプロデューサー三善清達氏の提案で『ヒロシマのオルフェ』となる(1967)。

さて、少なくとも現在の台本の本文中には、「オルフェ」という単語は一度も登場しません。
また三善氏は、「芥川さんは後々、やっぱり『暗い鏡』がなつかしい気もする、と言われることがあった」(前掲書“その芸術と行動”より)と振り返っておられます。

〔以下、その3 につづく〕
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“青年”(バリトン)=なぜ“オルフェ”?〔その1〕 [登場人物]

このところずっと考えています。そもそも、なんで“オルフェ”なのだろう。

1960年初演時の作品名は『暗い鏡』で、1967年のザルツブルグ・オペラ・コンクール応募に際して改訂された際に『ヒロシマのオルフェ』に改められました。

オルフェといえば、もちろんギリシャ神話の“オルペウスとエウリュディケ”*の主人公。
(*「ギリシア神話」〔石井桃子 編・訳、初版1958~あかね書房 / 新版2000~のら書店〕の表記による)
彼のキーワードを思いつくままにあげれば:
・竪琴の名手
・最愛の妻が毒蛇に咬まれて姿を消す
・地下の死の国に妻を取り戻しに行く
音楽の力で妻を地上に連れて帰る許しを得る
・「後ろを振り返ってはならない」という禁
・あと少しのところで禁を破る
・死の国に戻されてしまう妻
など。

このギリシャ神話の“オルペウス”と、われらが“オルフェ”こと“青年”(バリトン)について考えてみるのですが、これが意外にもすぐには結びつかない気がしてならないのです。

ギリシャ神話の物語の舞台は、

草原→
地下の死の国→
地上へ戻る暗い道→
日光が見え始めるあたり→
再び別離(妻は死の国へ)

というのが基本的な流れでしょうか。

一方、『ヒロシマのオルフェ』の場面設定は、スコアのとびらの記載によれば以下のようになります。

時 現代
所 日本のある街のかたすみ

第一場 ある街角 夜更け 街灯が一つだけ
ある暗る街角〔原文ママ〕
第二場 ホテルの暗い部屋
第三場 未来の世界
第四場 もとの部屋
第五場 同じ部屋-暗黒世界の片隅
第六場 同じ部屋 朝
第七場 病院の外科病棟


あるいは、登場人物という角度からみてみると(歌唱部分がなくても舞台にいると想定される場合は【 】カッコ付)、

第一場 娼婦たちの合唱団/通行人A・B・C・D(シュプレッヒ・ゲザング)/中年の娼婦あるいは巫女/青年/若い娘
第二場 青年/死の娘/暗黒世界の合唱団
第三場 光の子供らの合唱団/青年/【死の娘】
第四場 死の娘/青年/暗黒世界の合唱団/三人の兵士(黙役)/死の国の運転手
第五場 死の国の運転手/娘/暗黒世界の合唱団
第六場 中年の娼婦/青年
第七場 医師-死の国の運転手/青年/暗黒世界の合唱団/看護婦-死の娘

となっています。

ここまで整理して、いったんおやすみ。〔その2 につづく〕
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